メールカウンセリング関連コラム

メールカウンセリングってなに?

これは、SEO対策上の編集文です。

医者が患者の健康状態のよしあしを判断できるのは、人間の正常で本来的な健康体を知っているからです。そうでなければ治療になりません。血圧は本来どの程度が正常なのか。骨は、神経は、各臓器はそれぞれどうなっていることが正常なのか。それが分かるから治療になるのです。そして医者と患者は、より正常で本来的になっていくことを目指して治療を試みます。

メールカウンセリングを治療というつもりはありませんが、それにしてもカウンセラーは人間の正常で本来的な心を知っているのでしょうか。心とはその人間の願い、傾向のことです。人間の正常で本来的な心については、心理諸学をはじめ、宗教、哲学などが、時代に、宗派に、学派に応じてそれぞれに見解があるようです。そこには力強く勇気づけてくれるような考えがある一方、異なる論旨がまみえ、時にはそれが大きな矛盾のようになるのです。性善説もあれば性悪説もあります。人間は罪深いという一方、仏性があるともいいます。どうやら何とでもいえるようです。何とでもいえるものを正常といってよいのでしょうか。頼りないはなしです。

宗教や哲学と同様、メールカウンセリングの学派やグループも多岐にわたり、その理論や技法について、さまざまにうたわれています。わたしは、それぞれの学派やグループの理論や理解にも、できるだけ偏りなく触れておこうと、あれこれ読みかじり聞きかじりしてきました。それは、類似の理論や理解が混在したり、整合性が取りにくかったりして、苦労もありましたが、たいへん有益でした。結局のところ、先達たちの遺産を手がかりに、自分なりの人間観やメールカウンセリング観を築いていけばよいのでした。

そこで改めて、心理諸学の先達の緒論と、自身の経験から、メールカウンセリングを体系的に述べることを試み、そのうえで結果として自分なりのメールカウンセリング観、メールカウンセリングの心得を明らかにしてみることにしました。
改めてというのは、以前にもいろいろ書いたことがあったということです。書きあがりの理屈っぽさがつまらなくて消してしまったのですが、聴講するそこここの学座で理屈っぽくうたわれているのを受けて、それでは一応、自分のも残しておこうと思った次第です。