メールカウンセリング関連コラム

メールカウンセリングの珍妙

時々、メールカウンセリングでも人間関係に疲れることがありますが、そういう形で多くの人に親しみを持たれる技法としての使い勝手というものが、子供であれ大人ではで抱えてる問題を対処する上で、その問題に対して外在化しメールカウンセリングの関係者でどういう風に取り組もうかということが検討される、そういう言い方であります。続いて、簡易なメールカウンセリングの活用ということですが、この簡易なメールカウンセリングとは比喩、例えを使うということです。クライアントやカウンセリング経験者が口にした特徴的な言葉、それを注目をして取り上げます。その言葉をキーワードにして、それまでになかった会話のパターン、これを作り出すように援助することを言います。こういう簡易なメールカウンセリングの活用とは一体どういうことかと言いますと、これはある意味ではインターネットでの発想というのものがヒントになることがあります。例えば、小さな子供がその倒れている長靴を見たですね、一緒にいる母親なんかにあの靴くたびれてると表現をすることがあります。子供特有のものを人とみなすような違和がある、擬人化ということですが、その時と同じように捉えて表現をしてきます。

こういう発想というのは実はメールカウンセリングをカウンセラーがですね、カウンセリング経験者が直面してる問題を何かに例えることによってグッと身近なことに、それに対する対処をするというある種の勇気とか元気とそういうものが出てくる。じゃあ、何とかしようということになるわけです。続いてユーモアの要素ということもあり重要なことになります。心理支援もありますが、人間関係は周知の話もあります。そういう心理支援の持っている要素の中でユーモアということを取り上げるとどういう効果があるかと言いますと、そのいう間を用いる、冗談ですとか、ちょっと面白い滑稽な表現、口振りはそれをカウンセラーもすることによって緊張しているその面接の場の雰囲気というものが一気に緩和する。ま、そういう作業を取り入れる方法のことであります。

メールカウンセリングでは初対面のカウンセリング経験者の緊張を緩めるために特には、こういう紹介でのちょっとした冗談とかあるいは、大げさな表現をするということで構えているカウンセリング経験者はふっと肩の力を抜くことができる。それは例えば、漱石の有名な「吾輩は猫である」はこういう小説はユーモア小説ですが、その場合のその夫婦が言葉を喋るその言葉をしゃべる猫がですね、その主人であるまこれは漱石の分身である沙弥さんはこの人を周りではここから買っていくというふうな見方を逆転をしていく。その珍妙さ滑稽さっていうことが思わず読んでいるうちに笑ってしまう。こういう作品でありますが、実はこの作品を書いた漱石自身がその書いてる時点で非常にカウンセリング経験者の中でのストレスを抱え込んではどうにもならないような緊張感とストレスと硬さはそういうものに閉じ込められていた。しかしそれから脱する際にこのユーモアを持ち込むことで極度のストレス状態にあった作者の漱石ばかりではなくてそのカウンセリング経験者もハラハラドキドキするそういう緊張を強いられてたわけですが、その小説を書くということによって漱石自身がバランスを回復して、よい人間関係の効果を発揮したということがいえます。メールカウンセリングの専門家によればこの作品には江戸時代の落語のユーモアの仕方というものがある、ということだそうです。ま、メールカウンセリングもそういった形で言えば続いていますね。