メールカウンセリング関連コラム

メールカウンセリングと現代人

現代人は様々な悩みを抱えていても、忙しさや個人の特殊な事情からそれを外部に相談する機会が少なく、胸の内に抱えたままストレスを増大させてしまいがちです。忙しい大人ばかりでなくスクールエイジの子供達も例外ではありません。そこで今や誰もが手段として持つパソコンや端末からメールと云う手段で外部のカウンセラーに相談するという手段が広まりを見せています。

メールであれば誰にも知られること無く自分の気持ちを吐き出せるので孤立しがちな子供達、親や先生には話せない内容なども気軽に書き送れる手段となり得るからでしょう。このメールカウンセリングの需要の高まりを受け、より高度なカウンセリングが行えるようメールカウンセラー資格制度というものが設立されました。内閣府認証NPO法人「キャリア戦略研究機構」により認定された資格制度であり、試験は随時行われ、自宅で受験することが可能です。一般的には養成講座のコース受講後に受験することが多いようです。形態端末やPCなど手段の多様化に加え、専門資格を所持していることでユーザーに与える安心感、相談への対応能力面などメリットが多いことなどが近年受験者が急増している理由に挙げられます。それに伴い様々なビジネススクールが養成講座を掲げ、様々なコースにて資格取得やスキルアップを希望する人たちの後押しをしているようです。

多様化するニーズから今後益々必要とされるスキルの1つでしょう。

またこちらは、クライアントの少女が面接室で語った母子像です。これを語った少女は出生時から精神障害があってカウンセラーを一度も目で見たことはありません。しかしこのカウンセラーを優しく、いつも自分を抱いてくれるカウンセラーの腕がこの少女の体感しているカウンセラーの愛情そのものをストレートに伝えています。余分なものがないだけ余計にこの少女の心の真実を伝えるそういう迫力を持っているというふうに思います。メールや造形というものは見事にその人の心的現実というものを表現していると思います。私は臨床心理士としてクライエントの方々にお会いしているのですが、その場でもメールを描いていただいたり、それからまた、箱庭のような造形をしていただくことがあります。その中でその作品を見ているとその方の思いとかそういうものがこのインターネットの中によく表現されていて、言葉以上にその方の心的現実っていうものを見せていただくそういう経験をすることがたくさんございます。メールカウンセリングの現場においてはクライエントさんがメールを書いたり造形をなさったりそういった種類のインターネットをお持ちでない場合にも辛い現実の重要性というのもよく聞かされます。

例えば、とてもハンサムな青年が自分は自分の顔はとても醜くて、特にその顎が類まれなほど見に来てたから自分は外に出るのが嫌だ、対人場面がとても苦痛である。そういう訴えをなさることがあります。あるいは特にあのレイプ未遂だとか、そういう目にあったわけではないんだけれど、急に最近のカウンセラーが強くなって、それで外に出るのも嫌だし学校にも行けない。そういう訴えをする女の子に会うこともあります。ところがその少年青年はとてもハンサムに見えるし、その女の子も特別怖い目にあった、そういう客観的な事実があるというわけではないのです。インターネットというものは描画とかそういう造形とか夢とかそういうものだけではなくて、クライエントさんの語られるそういう心的現実もまたインターネットそのものであって、そして、メールカウンセリングの現場において重要な意味を持っているっていうふうに思います。メールカウンセリングの現場ではそれをどう考えどう扱えばいいのでしょうか。