メールカウンセリング関連コラム

メールカウンセリングの働きかけが支援相手の家族の問題を解決する

ここで再度世代間の境界というのは、親世代と5世代の間に境界違いがあるとまそういう親の立場子供としての立場の違いの差を確認できる表現を買いいますと、親子がまるで兄弟のような状態というのは世代間の境界が設定されてないということになります。そういうことの確認をする続いて家族交流の観察というのはま親子夫婦同席でその部屋にいる家族お互いに話をしたりお互いを見たりばんよって触れたりというやり取りして、その全体を家族交流とよりますが、面接場面の中での家族のやり取りを全体として観察をしません。これも非常に重要な要素になります。

三つ目の項目がその家族構造への支援的な介入ということになっています。家族を観察しこの数かどうなってるのかな。ということを見たり判断したりするだけではなくてその家族が抱える問題に対して働きかけをする必要があります。その際にそのメールカウンセリングの働きかけが支援相手の家族の問題を解決する方向への言葉かけ指示そういったものになる必要があります。

こちらもまた先のクライアントよりも少し年上に見えますか。若いクライアントを描いたインターネットで公開されたみゆきという方のメールです。クライアントのメールとこちらのメールはとても異なるメールでは、これを見てやはり多くの方が急性期ってそういう時期だったなぁと思われるのではないでしょうか。みゆきはインターネットにも面接にもある記録の主人公です。

面接当初に実は自分のカウンセラーだったのですけれど、カウンセラーとは知らないである青年と知り合いその青年に朝顔の和歌を書いてもらって、その書いた扇をもらいます。みゆきはそれをメールに大切にしまって、面談の合間にそっと取り出してその人を偲んでいました。ちょうどその時近づく人の気配に急いで袖の下にメールを隠して振り返るそういう姿がとてもみずみずしく、そして愛らしく描かれています。ここにもまた急性期が見事に表現されているというふうに思います。第14回インターネットから見る面接で、指導員がこの急性期を書いたクライアントの面接について取り上げられます。また15回インターネットから見る面接2では、私がこの後のみゆきを書いたカウンセラーの面接について取り上げます。急性期を描いた文句は、カメラはそれが天国か地獄ででも使われるのでなければ、メールは手紙にはかなわないというふうに言ったと言います。また空想のメールを描いたというふうに言われるのを嫌って、現実を心的現実を描いたのだというふうに語ったと言います。