メールカウンセリングの客観的な視点

メールカウンセリングを受けるのに自分のことを見つめて語ることが必要かといえば、必ずしもそうではありません。それでも、自分のことを見つめるのを自分だけで行うのは難しのも事実です。いわゆる盲点はどうしても出てきます。また、自分に対してどうしても甘くなります。あるいは自分の主観というのは他者による客観的な視点が入らないと十分に見る、はっきり見つめる、向き合うことはなかなかできません。
もちろん例外的に自分のことを自分だけで見つめる能力をお持ちの方はおられます。それでも フロイトでさえ自分自身を見つめるのに友人のフリースという他者を必要としました。ユングにしても自分自身を見つめるのにトニーボールという女性を必要としています。 ユングのもフロイトも心理療法家(カウンセラー)になろうとする人たちは、自分自身が他者による分析を受けることが大切であると語っています。つまり、自分自身を語る経験が大切です。

メールカウンセリングにおける言語化

カウンセリングで自分のことを他者に伝えるには言葉が必要です。そして言葉にすることで自分を見つめる、自分と向き合うことが可能になります。このような意味では日本人にとってカウンセリングというものは、ひとつの相当に新しい経験であると言えます。
日本では長い間 以心伝心、すなわち心をもって心を伝えるという姿勢が尊ばれ、言葉を通さない言葉によらない交流、コミュニケーションが受け入れられてきました。あるいは言葉では何とでも言えるという感じ方もありました。問答無用という言葉があります。もちろん以心伝心が生じることは現にありますし、言葉だけでは伝え難いものもあります。しかし逆に言葉による伝達の努力もされずに以心伝心ばかりが強調されてしまうと、残念ながら誤解が生じるのもしばしばあることです。また日本の家庭や学校教育において、自分の思いや気持ちを言葉にするという努力がそもそも伝統的に非常に薄いのも事実です。日本の家庭において子どもたちがテレビやビデオを見る、ゲームをするパソコンを作業する、あるいは勉強することはかなり多いのに対して、日常的に食事をしながら、お茶を飲みながら、あるいは散歩をしながら家族のそれぞれが自分の思いや気持ちを言い、経験を語り、家族のメンバーがこれに耳を傾けるという人間にとって実に基本的な営みがかなり薄いように感じられます。

カウンセリングに来られる日本人のクライアントが、「言葉にしてみて初めて気がついたのですが」と語ってくださるのは嬉しいことです。しかし、「こうやって自分のことを話すことは今までほとんどしたことがありません。」と言われる方が結構多いのはカウンセラーとして決して喜ぶことではありません。じつはこのメールカウンセリング序説のタイトルは「クライアントと語ること」ですが、「表現すること」というサブタイトルがついています。
語る、言葉にするということはメールカウンセリングでは見つめること、向き合うこと、つまり意識化することを意味します。だからこそ向き合うことを見つめることを意識化することは可能と言えるかもしれません。表現する、これもじつは多くの日本人にとってあまり簡単なことではないように私は思います。少なくとも直接的に言葉で表現する、語ることが文化的に推奨されてきたとはいえないように思います。ただ、同じ言葉であっても書き言葉による表現に関しては日本人は優れたものを持っていますし、一般的レベルにおいても話し言葉によるよりははるかに表現力があるように思います。

カウンセラーも語る

教室での講義や演習、あるいは講演会においても質問や意見、議論は、例えば、多くの欧米人に比べれば相当に奥ゆかしく振る舞います。これが、自由に質問や印象をメールしてください、ということになると話し言葉によるより遥かに豊かな表現がされるのはおそらく受講生の皆さんも思い当たられるところがあるのではないでしょうか。書くことによる表現に対しては日本ではかなりの重きが置かれていたことに加えて、書く場合にはどうやら他者とか周囲の目を意識しないで済むということもかなりあるように思います。 ここで面白いことは、先ほどフロイトも自分を見つめるに際して他者を必要とした、と申し上げました。

じつはフロイトはフリースに話し言葉で自らを語ったのではありません。フロイトは1887年から1904年まで精神分析が想像されつつあった決定的な時期にウィーンからベルリンの耳鼻咽喉科の医師府立フリスに向けてメールという形で自らを語り続けたのでした。確かにフロイトは自らを言葉で表現し続けました。ただしメールという書き言葉を通してでした。これは、なかなか示唆に富む事実です。語る言葉にするのは 必ずしも話し言葉ばかりでなく、書き言葉によっても可能ということです。この事はメールカウンセリングを考えるにあたってさまざまな重要なヒントを与えてくれます。実際クライアントの中にはカウンセリングのセッションに自ら創作した詩を持って来られる方もおられます。俳句や短歌を持って来られる方もおられます。

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