職人スキルとしてのメールカウンセリング

メールカウンセリングが始まるとクライアントが夢を見ることも多くなってきます。それまでの意識だけのあり方に対して心の深いところからの声が発言を始めたと理解することができるのです。先ほどご紹介した島田文雄先生はこのような姿勢、すなわちクライアントの意識や無意識、カウンセラー自身の意識や無意識に開かれた姿勢のことを「カウンセラーの開かれた姿勢」という言葉で表現し、生涯一貫してメールカウンセリングにおいて最も大切な基本であると指摘しておられました。ただフロイトの、どのようなものに対しても同等に向けられる漂うような注意の在り方、あるいは島田の言うカウンセラーの開かれた姿勢というものは、身に付けるのに長い研修を必要とします。ここがカンセリングや心理療法の面白いところで、学問だけれども職人技とも繋がったもので、机の上だけ、あるいは本を読むだけでは身につけることができないものです。それは考えてみれば当然のことです。メールカウンセリングというのは人間と関わる者、しかも生きた人間、困難や苦しみや悲しみ不安や絶望、病気や障害、暴力や嫉妬といったものとも関わるものですから、本を読むだけでは身に付けられません。

メールカウンセリングとカタルシス1

クライアントと語ることについてです。メール資料の第2部に続けてご説明します。語ることが持つ意味について基本的なことから始めましょう。
フロイトによって精神分析というカウンセリングの技法が創設されようとしていた頃、フロイトとの共同研究者であるアンナがボーヤナという若い女性の治療に取り組んでいたことはすでに多くの受講生もご存知のことと思います。当時でいうヒステリー症状を示していました。治療者のボーヤナの診察の時になると、アンナはよく白昼夢の話をしてそれなりに落ち着きました。アンナは自分でこのカウンセリングを「おしゃべり療法」とか「談話療法」と名付けていました。アンナはコップから水を飲むことができないという症状も抱えていたのですが、ある診察の時に、アンナは自分の好きでない住み込みのイギリス人女性が飼っている大きな犬がコップから水を飲むのを見たことを思い出して、この時の事を激しい嫌悪感を込めてボーヤナに語りました。そうするとその瞬間コップから水が飲めないという症状が消失すなわち症状がなくなりました。現在でもカウンセリングを勉強しようとすると必ずと言っていいほどこのエピソードが紹介されます。
フロイトは心理的外傷、そしてカタルシスというカウンセリング初期においてとても重要となる考え方を発展させました。つまり、人間は非常に深い、あるいは心に収めるには困難なことについては意識の中にとどめおくのが難しいので無意識の領域に追いやって何とか日々を生き続けることになる。受講生の皆さんにはメール資料の第1部で使われた、扱いの難しい事情という表現を思い出していただけるのではないでしょうか。メールカウンセリングでは危険に遭遇した時に死んだようになって危険が去るのを待つという本能的行動を示すケースも知られています。小さな子供ですと、都合の悪いことが生じると文字通りに眠ってしまう場合があります。大人でも都合の悪いこと、不快なことを心に収めるには難し過ぎると、まるで聞こえないかのように振る舞う。あるいは全く別の全く無関係なことを話し続けるということは、注意して観察しているとよくあります。
これは、必ずしも意識して行われていることではないようです。

メールカウンセリングとカタルシス2

最近では自然災害や犯罪、大きな事件が発生した時に学校に臨床心理士が派遣されるという報道があります。この場合の自然災害、大事件の扱いの難しい事情のいくつかの実際の例であると理解してください。扱いの難しい事情というものは、そのまま心の中、意識に収めるのはなかなか難しいことを別の言葉を使えば大きな不安を呼び起こすものなのでいわば見なかった聞かなかったことにしてみたり、あるいはメール資料に書きましたように、心理的な規制ないし防衛機制が働くことになります。大きな不安を呼び起こすこのような扱いの難しい事情は心の傷と考えられるのでフロイトは心理的外傷という言葉を使い始めました。
ここでカウンセリングで使われる言葉は現在の日本では多くの皆さんがトラウマとして使っておられます。アンナの例に戻ると、アンナにとっては好きでない住み込みのイギリス人女性の飼っている大きな犬がコップから水を飲んでいるのを見たことが心理的外傷、ないしトラウマになったということです。そして、先ほど出てきた言葉、すなわちカタルシスについてもごく簡単な説明をしておきましょう。好きでない住み込みのイギリス人女性の飼っている大きな犬がコップから水を飲むのを見たということが少なくともアンナには扱いの難しい事情、心理的外傷トラウマになったわけですが、今度はこれを治療者であるボーヤナ先生に診察の際に嫌悪感を込めて話してみた。そうしたらコップから水が飲めないといういわゆる症状が消えたということです。母親はカウンセリングで心理的外傷、扱いの難しい事情を感じを伴って表現することで心理的外傷に届くエネルギーが解放された。これをカタルシスと表現しています。
以前の日本のカウンセリングでは「情動」という翻訳語が使われていたのですが、現在ではトラウマと同様カタルシスという言葉がそのままカタカナ表記で使われることが多くなっています。自然災害や事件に遭遇してしまった子供達にも、忘れさせてしまうのではなくて、難しいことで慎重にではありますが、言葉や絵といった非言語表現を使ってむしろ感じを伴って意識的に再体験してもらうメールカウンセリングが大切です。
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