メールカウンセリングの困難事案

先ほど扱いの難しいカウンセリング案件をペットに話す方々もおられるとお話ししました。はけ口にされるペットは大変です。そしてペットでなく我が子がこの役回りを取らされる場合もあります。このように扱いの難しいカウンセリング案件の聞き手とされた子供達は病んで心身の調子を崩すことが多く、そのようなメールカウンセリングを行うこともかなりあります。言葉を変えればこのような子供達はいわば親のカウンセラー。親のカウンセラー役を小さい頃から引き受けてしまった、あるいは引き受けさせられてしまったと表現できます。
このような方々がよくおっしゃる言葉に、「自分は親の愚痴のはけ口だった」、あるいは「ゴミ箱にさせられていた」というものがあります。アンナの命名したおしゃべり療法は、カウンセラーがカウンセリングという器の中で引き受けるのなら意味のある営みとなるでしょうが、小さな子供たちが引き受けさせられると子供達は犠牲者になります。

次に人々が、あるいはクライアントが語ることでメールカウンセリングではどのようなことが起きるのか検討します。
今までお話ししてきたことですが、語り手は語り、聞き手に受け止めてもらうことで過度の緊張や気負の状況がほぐれ、鬱積したヘドロ、あるいは澱が少しずつ緩んでやがて水が流れ始めます。ヘドロの状態がひどい場合には少しずつ緩む、ほぐれる、解けるまでに何年、あるいは10数年にも及ぶ時間が必要とされます。そして、語ることを通してメールカウンセリングでいう「意識化」というプロセスが進行します。語ることを通して生じる意識化というプロセスについて少し説明します。
まず語る、言葉にするということは、それまで曖昧だった事情を言葉にしてみるということですから、簡単な言葉で言えば整理していくという面もあります。 実際の部屋の中が混沌としている方々もよくおられますが、混沌としているとどこに何があるかわからない、よく言えば原初的エネルギーが満ち溢れているとも表現できます。逆に言えば、まだ人間化していない文化していない、文節化していない。あるいはあまりに混沌としているので風通しが悪いしほこりも溜まっているので不安が生じます。あまりに扱いの難しいカウンセリング案件にさらされたままになっていると、一体自分がどのような気持ちなのか、自分とその問題との間にどのような関係があるのかも全て曖昧で混沌としたままになってしまいます。したがって、語る、言葉にするというのは、このような混沌を少しずつ整理して行くことです。

言葉にすることで回復するカウンセリングのいとなみ

言葉にすることを通してクライアントが、「自分がこんなに嫌だと感じているとは思っていませんでした。」と語られることもしばしば認められます。周囲から見れば今更どうしてと思われるかもしれないとしても、当のご本人は自分があまりに混沌としていたために嫌だと感じていることすらわからないでいた、ということです。これが語ることを通しての意識化です。あるいはクライアントはもうどうでもいい済んだことと思っていたのですが、こうやってお話しをして全然そうでなかったと涙になられることも実に多いです。
言葉にしてみると自分の気持ちもはっきりとしてくるものです。たとえそれが激しいものであっても、怒りや悲しみ寂しさ嫉妬であったとしても自分がどのような気持ちでいるのかがはっきりしてくると、不思議にある種の落ち着きを得られます。「あれこれ話して自分ではもうやることにしているんだ、ということがわかりました。」とおっしゃるクライアントも多いです。 言葉にしないで自分の中であぁだこうだと、あるいはあぁでもないこうでもないと思いめぐらせていたクライアントはカウンセラーに向かって言葉にすることで、じつは既にある方向への決断が決まっていたのを意識するようになります。

メールカウンセリングで扱う困難事例

メールカウンセリングは基本的にはアドバイスをするものではありませんが、カウンセリングの中でクライエント自身が話していくことで、言葉にしていくことで自分の気持ちや決断を意識して行くことになる。メールカウンセリングというのは、じつに不思議で深い意味を持った営みであることが分かります。語ることは、抱えている扱いの難しい事情と向き合うということでもあります。 扱いの難しい事情はカウンセリングにおいてもあまりに大変であるから意識の周辺、あるいは意識外とか無意識に追いやられている、トラウマも難しさが非人間的、非日常的になればなるほど強力に、場合によっては何十年にもわたって追いやられます。

メールカウンセリングの意義の一つはこのような扱いの難しい事情と向き合うこと、見つめるということです。ユングが最晩年に一般向けに執筆した「人間と象徴」という本がありますが、この本の中であるクライアントが毎年Mのところに訪れてくる。しかし、なんということもない話をしてばかりいる、そうして10年の歳月が経過したときこのクライアントは、「今私はお話ししなければならないことをお話しすることはできます。あなたがこの間ずっと待っていてくださったので今お話することができます」と、語って扱いの難しい事情を話し始めたというエピソードを紹介しています。
扱いの難しい事情と向き合う、扱いの難しい事案をカウンセリングするには慎重な準備の時間が必要とされる。そして聞き手に対する信頼関係が構築されることが必要であることも皆さんにはぜひ心に留めておいてください。語ることは高度なメールカウンセリング技術による援助だけでなくそもそも自分自身と向き合う自分自身を見つめる自分自身と対話することでもあります。

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